なぜ正月はめでたいのか

一年の節目としての「お正月」は、最も大切な日本の行事だと感じます。
元旦に、今年の決意を考える方も多いと思います。新鮮な気持ちで新年を迎え新たな気分になりますよね。昔は元旦に年神様「祖先の霊が田や山の神になり、新年には歳神ともなって子孫を見守ってくれる」と考えたようです。家々に歳神様をお迎えすることが「お正月」と言う行事ですから、「しめ飾り」は神様をまつる神聖な場所を示すことになります。
「しめ縄」に縁起物の飾りをつけたものが、家々の門や玄関に飾られます。

天照大神は1月1日の日の出と共に生まれました。しかし正月は天照大神の誕生日だから目出度いのではなく、正月に太陽が復活するから天照大神の誕生日とされたと考える事も出来ます。

めでたいのとは、芽のことで、芽が出たということです。そしてこの1年が健康に働いて豊作で財を得て喜びがありますように、と言う縁起の良い晴れの食卓を囲みます。
春は、冬眠していた動物が活動はじめ、草木が芽吹き、自然界の生命が張り詰める張るハルから生まれた語であるハレとケのハレに通じる。晴れの食卓の晴れは、ハレにちなむのです。

日本人は、正月が大好きです。クリスマスもかなり盛り上がりますが、まだまだお正月には敵わないません。年が開けると、心があらたまるような清々しい新鮮な気分になりますし、新年、元旦に昇るあけぼのを初日出と言って手を合わせ、神社には初詣と称して老も若きも多くの方が押し掛けては賽銭を、投げ込み1年の計を祈願します。

「新」は「あらた」とも読みますが、「あらたまる」「あらためる」の改に通じます。つまり「新」には、新しいと改めるの2つの意味を含んでいるのです。
一昔前日本人の年齢は、元旦に1つ歳を加えました。日本人の年齢は数えでありつい30年40年ほど前までは数えで何歳と言う会話がなされていました。つまり誕生日ではなく1月1日に家族全員が一斉に歳をとったわけです。つまり新年を迎え暦が改まると同時に年齢もあのたまったのですね。

それでは、どうやって年神様から魂を分けていただくのでしょう?
鏡餅は年神様の依り代なので、家にいらした年神様は鏡餅に依りつきます。すると、鏡餅には年神様の「御魂」(みたま)が宿ります。この鏡餅の餅玉が、年神様の御魂であり、その年の魂となる「年魂」です。そして、年魂をあらわす餅玉を、家長が家族に「御年魂」「御年玉」として分け与えました。これがお年玉のルーツ! 玉には魂という意味があります。

この餅玉を食べるための料理が「お雑煮」で、餅を食べることで体に魂を取り込みました。ですから、お雑煮には必ず餅が入っており、お雑煮を食べないと正月を迎えた気がしないという感覚も間違ってはいないのです。関東は今では角餅ですが、昔は丸餅だったそうです。鏡餅も丸、心を丸くしてという意味もあったのかもしれませんね。

お餅とおせち

あらたまるとは新しい魂のことで新魂に通じる言葉。大晦日に古い魂が死んで簡単に新しい魂が宿ります。日本人が改まること新しいことが好きな理由はここにあるのではないでしょうか。また子どもが正月にもらうお年玉も元は「年魂」であり新しい魂を神からたまわることにちなんだ風習でした。

このようなことから1年の計は元旦にありと言う諺も生まれたのだろうし、初日の出や初詣に日本人がこぞって出かけていることも理解できます。日常生活を「あらためた」のです。日々の生活を活性化するために特別な「ハレ」の日を設け、日常の「ケ」と区別したのでしょう。その最高のハレの日が正月であり、この日を最高のハレの食卓で祝ったのです。

正月も終わりに近づき、正月を継承してみることの大切さ。そして時には、その背景に長い歴史の中で育まれてきた豊かな文化が息づいていることを思い出していただけたらと思います。